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『教育?』2003.11.20.
今日の日経新聞に「大学教育の専門学校化」という記事が書いてあったようだ。〜ボクは日経新聞を読んでないので知らないし、中身を呼んでないのだが、ラジオでそんなことを言っていた〜実は、以前からそんなことを考えていて、昨日の朝に改めて考えていたのだった。その原因になったのは、朝日新聞の朝刊に載っていた「大学の新設学科(名称変更含む)」という全面広告を眺めていて「いやぁ、大学って、こんなに細分化されていいの?専門学校みたい」と感じていたのだ。
ボク自身、専門学校で講師をして今期で6期目になる。その中で、6年前と最近では学生に対しての接し方がずいぶん変わった。いや意識的に変えた。最初は「専門学校だから、大学生に負けないように、出来るだけ技術を身につけて、即戦力になるような人材を育てなきゃいけない」と思っていた。しかし、自分の大学生の頃を振り返って見ると、そんなに技術的なことを授業で習っただろうか?ほとんどおぼえていない。(それぐらいまじめな学生じゃなかった?)今こうして仕事が出来るような技術はほとんど、社会に出てから身につけたものだ。じゃあ、大学で何をやってたかというと、考え方やモノの見方、発展のしかたといったことだと思う。それは、直接そんな授業によるものもあるけれど、他にも心理学や哲学、数学、物理学といった、一見関係ないような授業を受けた経験も関係している。(一つ一つの中身は残念ながらおぼえていないが)専門学校は2年間しかないために、その時間が取れないのだ。
いくら「図面の書き方」をおぼえたって、それはあくまで、「線が引ける」のであって、「図面が描ける」のではない。現場を知らなきゃ本当の図面が描けるわけがない。だから、ボクは最近の授業では、テクニック的なことはあまり主題にしないようにしている。もちろん、平面図、展開図、断面図、パース、写真、パソコン、CADなどのテクニックは必要だけど、「自分が考えたモノ、空間を、他の人に受け入れてもらうために必要なツールを、必要な書き方で、必要なだけ揃えなさい。」と言っている。そのためには考えていることをより深く理解しなければならない。そのためにはもっともっと考えなければならない。そして、相手のことを考えなければならない。そのためにどんな手法を使った方がいいのか、それはどのようにして仕上げるのかなど、問題が発生するごとに話をしている。もちろん、「製図」や「CAD」、「CG」といった授業は別にあるので、基礎的なことは習っているはずであるが、、、結果的にそれはいい方に向かっていると思っている。もちろん一つ一つのテクニックはまだまだ未熟だ。けれど、そこに至るまでの考え方がしっかりしてくる。彼等はこの1年ですごく大人になっている。
立場上、いろんな学生と話をする機会がある。その中には某有名美大の学生もいる。が、決して彼等が優秀というわけではない。親心もあるかも知れないが、ボクの生徒達の方がよっぽどしっかりしていると感じることが多い。みんな、自信持っていいんだよ。君らは立派に成長しているからね。学歴だけで人間を判断するような会社はこっちから願い下げだ!そんな会社は入らなくて正解!あれっ?話が逸れてきた。
で、最初の新聞記事の話に戻ると、(学科名だけの判断だが)ヒトとしての巾を持つことが可能だった大学が、逆に専門学校化してきているようなのだ。それでいいのだろうか?おそらく、日本の景気が悪くなって久しい→その間に就職率も極端に下がっている。加え→少子化である→学校側としては就職率の良さを売りに学生を集めなければ経営が出来ない→国立大学も独立法人化になり、その問題も深刻化する→企業側も社員の育成にお金を掛けていられないので、即戦力を求める→それで、大学もそういう傾向にならざるを得ないのではないか。ということは容易に想像できる。
おかしいよ。大学でおぼえたテクニックなんてたかが知れているのは、自分たちだって分かっているはずなのに。忘れてしまったんだろうか。スポーツ選手じゃないんだから、即戦力は難しいでしょう。そんな企業ばっかりだったら、日本の将来もダメだろうなぁ、、、あ〜あ、、、
よく、「和田さんは学校で何を教えているの?」と聞かれるが、いつも答えに困っている。端的に言えば「根性論」ということになるのだが、、、「インテリアデザインを教えてます」っていうのもちょっと、、、、恥ずかしいし、、、「お酒の飲み方かな」とか、「学生と遊んでいるだけですよ」とか答えている。 |