九州芸術工科大学2003.05.22.

和田の最終学歴は、国立九州芸術工科大学芸術工学部工業設計学科という、なんとも長すぎる名前の〜何かの用紙に出身校を描くときはいつもその欄の大きさが足りない!〜を1988年に卒業している。この大学は1968年開校し、自分たちは17期生である。諸先輩方や後輩たちの中には、その筋では有名な人材を数多く輩出してきた。しかし本年度を持って、九州大学と統合され、35年の短い歴史に幕を下ろすことになった。統合後は「九州大学芸術工学部」となるが校舎等はそのままとなるようなので、文字数が4文字減っただけであるが、自分の出身校がなくなるのはやはり寂しい。和田の意見としては、「九州大学、九州芸術工科大学ホールディングス」を作り、経営母体のみを統一し、大学の名称をそのまま残すという道はなかったのだろうか、と考えたこともある。いや、もしかして、「九州地区大学ホールディングス」とすると、他の、佐賀大や熊本大、長崎大、鹿児島大なども含めることができたのではないか?
などとくだらない話は、さておき、統合を期に「九州芸術工科大学35年史」なるものをまとめるらしい。その中に卒業生のコラムのコーナーがあり、執筆の依頼があった。「芸術工学と私」がテーマである。その文章を書く時に、自分自身の卒業後、特に独立後の仕事の内容を振り返ってみると、微妙に変化している事に気付いた。
 1994年に独立した頃は、「きれいな」キッチン、「きれいな」空間を常に意識していたように思う。有名な設計事務所の出身でもない、大した実績もない28歳の若造に与えられた仕事は、建築家が設計する住宅に納めるキッチンのデザインだった。「この空間に似合うキッチン」を考えつつも、どこかで「空間に負けないデザイン」を意識していた。そして、ハウスメーカーのオーダーキッチンの仕事などをやるようになるが、常につきまとっていたジレンマがあった。「美しい」と「使いやすい」が完璧に重なることが少ないこと。具体的には、どんなにきれいな「家具」をデザインしても、キッチンとして必要な機器類を挿入した途端に美しくなくなる。機器類までデザインしてしまえばよいのだが、予算、時間などを考えると不可能である。そしてそれらの機器類は、「人間工学的」に開発されたモノばかりであるはずなのに、それらを組み合わせるとどうもしっくりとこない。そういった悶々とした日々を過ごしていた。
 最近になってようやく、空間すべてのデザインをする機会が多くなってきた。与えられた空間からの発想ではなく、空間の成り立ちから考えることになる。そうすると、一つの疑問が浮かび上がってきた。「この人にとって食べることってなんだろう?」ということ。一人々々「食」に対しての考え方は違っているはずなのに、なんと似たり寄ったりのキッチンが多いことか!いままで自分がやってきたことも、実は素材や色の組み合わせや置き換えでしかなかったのではないだろうか!、とさえ思ってしまう。その人の食生活を考えると、もしかしたら「キッチンなんていらない!」という答えだって有り得るはずである。重要なのはそこに置かれる「モノ」ではなくそこで繰り広げられる生活そのもののであり、つまり「コト」なのだから。
 これからは「コトのデザイン」を中心に考えていこうと思う。そうすることで必然的に「モノのデザイン」に結びつくはずである。そうすることが「カッコイイ」「気持ちいい」空間を作る一番の近道だと、今さらながら考えている。「カッコイイ」「気持ちいい」空間を心がけようと思う。
そういえば、6月1日は芸工大最後の火祭りがある。帰ろっかなぁ、、、

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