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2002.08.12.『福岡(前編)』
今日は私の両親と焼き物の里「小鹿田焼(おんたやき)」と「小石原焼」に行く。

「小鹿田焼は江戸時代中期に、筑前の国小石原焼きから陶工・柳瀬三右衛門を招き、大鶴村の黒木十兵衛によって開窯された李朝系登り窯です。300有余年にわたり当時の技法を受け継ぎ、窯の火を守ってきました。

 代表的な技法として、飛びかんな・刷毛目・櫛描き・打ち掛け・流しなどがあります。
昭和6年に民芸運動の指導者・柳宗悦氏の来山により、その伝統技法と質朴な昨調が賞揚されました。また、昭和29年・39年には世界的にも著名な英国バーナード・リーチ氏も日田に滞在し、作陶された経緯があります。
 平成7年、国の重要無形文化財保持団体の指定を受け、いまも集落の谷川でのんびりと陶土をつき続ける唐臼のように、永い歴史と伝統を守りながら小鹿田焼10軒の窯元がじっくりと手仕事に取り組んでいます。」(小鹿田焼同業組合のHPより)

柳宗悦・バーナード・リーチと言われると行かないかんやろう。でも、ここは組合の結束が強いらしく10件の窯元(それ以上増えることはないらしい)が伝統技法を頑なに守っているのでどうも新しいものができる体質ではないようだ。しかし、土づくりでは非常に原始的だがおもしろいものを見ることができた。

一方「小石原焼は約300年前、黒田藩の奨励を受け、伊万里の陶工を招いたのが「小石原焼」の始まりと言われています。昔は瓶や鉢といった大物作りが中心でしたが、民芸運動の流れをくみ、今現在では日常に密着した小物が作られています。小石原焼は、飴色の地の色に刷毛のあとや筋目・釉薬の模様が特徴です。「小鹿田焼」は、小石原焼の兄弟にあたります。」とのこと、いまでは生活雑器を中心に50の窯元が製作しているそうだが、小鹿田焼と違って若い窯元たちが実験的なことをやる環境も整っているようだ。我々はその中でも中堅に位置するのだろうか、太田秀隆氏のギャラリーを訪れた。左の4枚の写真が太田氏の作品。伝統的な技法の上に独自の手法を重ね合わせている。こういったものを見るのは、陶芸として参考になるのはもちろん、プロダクトやインテリアのデザインにおいても非常に参考になる。
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